.+゜*。:゜+*☆○o。あだち麗三郎 『6月のパルティータ』 。o○☆* +゜:。*゜+
2013年11月6日全国発売!!
待望のセカンドアルバム!!


 

あだちくん新作によせて



だちくんの新しいアルバムはとことん時代を越えていくと思う。
僕らが歳をとっても瑞々しく聞こえている確信がある。
聞く人、一人一人がそれぞれ違った気持ちで大切にしていくだろう特殊なアルバムだと思う。
凄い緻密に作り込んでいるのに、フラットに聞けるスムースさ。絶妙なアレンジ。
そしてメロディの素晴らしさ。凄い気持ち良い風が吹き抜けていくよう。

あだちくんはみんなが見逃しそうな景色や感覚を切り取って歌詞や音像として表現していて、
それこそ風に吹かれているようなアルバムで、聞く場面場面で違った顔を見せてくれる。

これって確実に名盤の風格だよね。なんというか聞くというのか、
むしろあだちくんと話しているような心地よさがあるというか。
何十年後あだちくんと仮に会えなくなっても、会えるような気がするアルバムです(笑)。
大好きで尊敬する友達が作った渾身の1枚。


そりゃ良いよ!大推薦です!

カクバリズム代表 角張渉


あだち麗三郎ドキュメンタリー -『6月のパルティータ』CM-


6月のパルティータ

あだち麗三郎
『6月のパルティータ』


2013年11月6日発売 
MDR-0006

¥2000


1.タッタッタ

2.ベルリンブルー

3.ぷにゃぷにゃトロピカル

4.おはようおやすみ

5.富士山

6.まっさかさまです

7.6月の夜の都会の空

8.ベルリンブルー(reprise)


MusicVideo  『ベルリンブルー』

インストアイヴェント、レコ発ライヴ、メディア掲載、CDショップ特典、グッヅ情報!




.+゜*。:゜+*☆○o。レコ発東京公演のオープニングアクト決定!! 。o○☆* +゜:。*゜+
なんと、シンガソングライターの三輪二郎さんが19時から会場を盛り上げてくれます!
横浜系刹那と愛くるしさが同居してしまった彼のうたの世界を堪能してください!!
本編は19時半から始まります!
.+゜*。:゜+*☆○o。アナログレコード化決定!! 。o○☆* +゜:。*゜+

●『6月のパルティータ』が、CDよりも音が良い!アナログレコードとして発売されます! 詳細はコチラ!!


.+゜*。:゜+*☆○o。レコ発ワンマンツアー決定!! 。o○☆* +゜:。*゜+

●あだち麗三郎『6月のパルティータ』レコ発ワンマンライヴin神戸


2014年2月8日(土)
【会場】兵庫県塩屋・旧グッケンハイム邸
【時間】18時open 19時start
【料金】前売り2500円 当日2800円
【出演】あだち麗三郎クワルテッット+1
(あだち麗三郎vo,gt,sax+荒内佑(cero)pf+厚海義朗ba+光永渉(チムニィetc)dr+田中佑司(exくるりetc)vib,per,syn)
【予約】 magicaldoughnuts(@)live.jpまで( )を外してメールをお送りください。

●あだち麗三郎『6月のパルティータ』レコ発ワンマンライヴin名古屋

2014年2月9日(日)
【会場】名古屋金山・ブラジルコーヒー
【時間】19時open 19:30start
【料金】前売り2500円 当日2800円
【出演】あだち麗三郎クワルテッット+1
(あだち麗三郎vo,gt,sax+荒内佑(cero)pf+厚海義朗ba+光永渉(チムニィetc)dr+田中佑司(exくるりetc)vib,per,syn)
【予約】 magicaldoughnuts(@)live.jpまで( )を外してメールをお送りください。

●あだち麗三郎『6月のパルティータ』レコ発ワンマンライヴin東京

2014年2月14日(金)
【会場】新大久保・SpaceDo!
【時間】18:30open 19:30start(19時〜オープニングアクト:三輪二郎)
【料金】前売り2500円 当日2800円
【出演】あだち麗三郎クワルテッット+2
(あだち麗三郎vo,gt,sax+荒内佑(cero)pf+厚海義朗ba+光永渉(チムニィetc)dr+田中佑司(exくるりetc)vib,per,syn+MC.sirafu(片想い、ザ・なつやすみバンド)pan,tp+???)
【予約】 magicaldoughnuts(@)live.jpまで( )を外してメールをお送りください。


.+゜*。:゜+*☆○o。無料インストアライヴ決定!!! 。o○☆* +゜:。*゜+

【日時】12月6日(金)(21時〜)
【会場】タワーレコード渋谷店3F
【出演】あだち麗三郎クワルテッット(あだち麗三郎vo,gt,sax+荒内佑pf+厚海義朗ba+光永渉dr)


●タワーレコード特典『ベルリンブルー(sunshower ver.)』プレスCD!
アルバム収録バージョンより、アップテンポでキラキラ感、 そして、橋本翼(cero)がエレキギターで参加し、エキゾチックな浮遊感が増増! まさにsunshowerを浴びている様な心地よさを♪♪


●ディスクユニオン特典、『富士山(express ver.)』CDR!
リズムトラックを荒内佑が作成した、 アップテンポでノリノリな『富士山』の特急バージョン!!高速道路を飛ばしながら聴いたらベストマッチです♪♪

●他CD店では、ステッカーがつきます!


●2013/10/25発行、タワーレコードのフリーマガジン、bounce360号にインタビュー掲載!!

●2013/10/31発売 雑誌indies issuevo.67であだち麗三郎、6Pに渡る特大インタビュー掲載!!

●ceroや片想いに引き続き、タワレコメンに選ばれました!!




あだち麗三郎による曲解説


2013年10月28日朝、近所のカフェにやってきた。
この原稿を書くのには、自宅でやるにはすこし重いのだ。

8月にマスタリングの音の最終作業が終わってからというもの、このアルバムをほとんど聴いていなかった。
音楽には2種類しかない、それは「良い音楽」と「悪い音楽」、というエリントンの言葉のように、
音楽家には2つのタイプがいると思う。
自分の過去の音源を楽しんで聴くことができるタイプと、聴くのにためらいを感じるタイプ。ぼくはあからさまに後者である。

四年半ぶりなんだ。ソロアルバムが出るのは。
『風のうたが聴こえるかい?』から『6月のパルティータ』までの4年半の間に、 たくさんの尊敬すべき友人たちと出会い、一緒に演奏をしたり、芸術的な話をしたり、 下世話な話をしたりした。
その恥ずかしいような、うれしいような、一粒一粒がこの8曲には詰まっていると思っている。

クロワッサンサンドと、普通のクロワッサンと、コーヒーの大サイズ。
合計で700円。普段、グレープフルーツジュースを一口飲むくらいの朝食で済ませている身にしてはかなりの出費だ。
それくらいの気負いをもって、この曲たちと対峙してみようと思う。
『6月のパルティータ』をこれから聴いてみようと思う。

1.タッタッタ

たしか2009年の夏に、芸能山城組という世界中の合唱形態を模してしてうたっているグループのケチャ(インドネシアの合唱)の公演を観に行った、その帰り道の電車の中で、この曲はできたんだと思う。
その時感じた、「黄色い感じ」を、曲にしよう、としてつくたんだ。
なのでこの曲のイメージは明るい黄色なんだけど、聴く方はどう感じられるのだろう?

東洋の教えで、自らの思考を追いかけるのは雲を追いかけるようなものである、だから思考はただ眺めるだけのものだよ、 というような教えがあるんですが、「行雲流水」というやつですね、そんなことが歌詞のテーマであったりします。

ぼく自身、集中力をつけようと、禅をやっていた時期があるんです。
無心になろうとするんですが、そうするとどうしても、無心になるなんてできないんですよ。
好きな女の子のこと考えちゃったりとか、焼き鳥食べたいな、って思ったりどうしてもしちゃう。
「お坊さんたちは無心になれててすごい」、なんて言いますが、あの人たちも、絶対無心になんかなれてないんですよ。
大事なのはは無心になれない自分を眺めていることなんだなぁ、と気付いたら、結構集中できるようになりました。

「なんとなく空を眺めてたら白い雲マンドリンにみえた 気球が空に上がって消えてった タッタッタ」

それとは別にただ直観的に、アブストラクトな歌詞をうたっている箇所もあります。
一聴するとめちゃめちゃに聴こえるんですが、そういうところが、むしろケチャを観たときの黄色いイメージに近い気もしています。

有名なクラシックのメロディが2つ挿入されています。当てててみてください
これはカルロス・アギ―レさんがやっていてその引用の引用なのです。

前半後半部と、中間部のサウンドが全く違うのがこの曲のミソです。
前半後半部は、歌詞の広がりを再現するために、ホールを借りて空間的なマイク数本で一発録音しました。
途中の部分は、別世界が広がるように、また別の場所で別の機材で一つずつ録った録音を使っています。
曲の途中で全然ちがうグループが演奏する、みたいな演出になっています。
こういうのはあまり例がないためか、こういうのはアレンジとも言われないですし、こういうことをやったら、怒られる(誰に?)んじゃないかって当初思ったくらいです。
結構、ぼくはぼうっとして空想癖があるのですが、中間部が空想の部分、で、最後に夢から覚めるように転調して現実に戻ってくるのです。文字通り、空を想う曲なのかもしれますん。

【クレジット】
vo,ag,eg,keys,termin,chorus:あだち麗三郎
chorus,leier:キスミワコ
piano:荒内佑
cello:関口将史
vibraphone:田中佑司
a.bass:園田空也
drums:光永渉
e.bass:厚海義朗
eguitar:三輪二郎
trumpet:三浦千明
sax:遠藤里美
clarinet:宮本陽子
horn arr:西井夕紀子

2.ベルリンブルー

2011年2月5日のワンマンライヴで初演しました。その直前につくった曲です。

僕が2013年の夏まで事務員として4,5年間働いていた高校で、理科実験の助手をよくやっていました。
もちろん、僕はどう見てもバリバリの文系の人間で、高校の時の授業中は、詩を考えたり、週末に行ったバンド練習の音を脳内再生していたり。
化学の試験なんていうのは、100点満点で20点とれたらよく頑張ったかな、というレベル。
そんな人間が大人になって、仕事で助手をやっているのですが、生徒には僕は実験の先生だと思われていますので、
分かったふりで腕組みをして、教室の後ろでちょっと大きいサイズの白衣を着てただ突っ立っているのです。 (実際、そこに立っていて、生徒がガスバーナで遊んだり、薬品を盗んだり、するのを監視するのが仕事だった。)

ある日、高校三年生の化学実験の授業中に、
少し太った先生が理科室の黒板に大きく書いたのが「ベルリンブルー」でした。
その瞬間ぼくは、頭上に電球が灯いたような気分でした。
「なんてきれいな言葉だろう」
実際のベルリンブルーという色は藍色で、ベルリンの曇天のようなかなり濃い青色なんですが、
ぼくがそのとき思い描いたベルリンブルーは、まるで透明のような、透き通って清らかな青色なのでした。
その、空想の色を曲にしたいと思ったのでした。

すぐに歌詞をつくり、それをそのまま荒内くんに送ったところ、曲になって返ってきました。
「ceroでやろうと思っていた曲なんだけど、歌詞がぴったりだったからあだれいにあげるよ。」と言っていました。
荒内くんの家にお邪魔をして、
歌詞があと2フレーズ分くらい多かったのをカットしたり、
中間部に転調するところがあったのをカットして(その後この転調部分はceroの『さん!』という曲の中間部になっていました。そして同曲に歌詞も引用されていました笑。)
ぼくが思い描いた透明な青さに近づけてゆきました。

蝶々が窓に止まって、そして飛んで行った瞬間のことです。
可愛らしい蝶々に、すこし愛情を感じつつも、近づけばすぐ飛んで行ってしまう。愛情にも、色んな種類があると思いますが、
この子(蝶々)に対してぼくが思う愛情は、「自分のものにしたい」とか、「自分を愛してほしい」いうのではなく、
「いつでもここに戻っておいで」という気持ちなのでした。

後づけなのですが、
ウッディ・アレンの映画でManhattanという映画で流れる、ガーシュインのRaphsody in Blueが美しく、まさにこの風景だったので驚いたのと、女性飛行士のアメリア・エアハートに捧げられています。

この曲のアレンジはしばらく難航していました。
2012年の始めに、全く別バージョンのアレンジが思いつき、半年間くらいそっちのバージョンをつくっていました。
これがタワレコ特典になったsunshower ver.です。

マンハッタンの街の中の空を飛んでいるようなイメージで音づくりをしました。
ビルの間をすり抜けて、ネオンや鳥とすれ違い、地面では消化栓から水が噴き出しているような(ありがちなN.Y.のイメージですね)。
ヘッドホンで聴くと、上下右左へ、色んな音が飛びこんできます。


【クレジット】
作曲:荒内佑 作詞:あだち麗三郎

vo,sax,percussion,toypiano:あだち麗三郎
piano:荒内佑
bass:厚海義朗
drums,vibraphone,keys,percussion:田中佑司
chorus:オラリー
e.guitar:Kashif
steelpan:MC.sirafu
violin:田島華乃
trumpet:三浦千明
chorus:中川理沙

3.ぷにゃぷにゃトロピカル

この曲は、2011年夏頃、あだち麗三郎クワルテッットのライヴ用に、アップテンポでトロピカルでポップなナンバーが欲しいと思って、つくりました。

自分には似合わないなと思っていた、派手な服だったり、 派手な人にとっては地味な服でも、
しばらく着ていると、そのうち自分自身がそれに似合うように変わってきたっていう経験が誰でもあるとおもいます。

そんな風に、今までの自分にないような、うたに袖を通してみようかと思ったのです。
鼎談のところにもありますが、うたいはじめたキッカケが、「素直な自分のうたをうたう」ってことだったんですが、
逆にそれに縛られてしまっていることに気がつきました。
なので、一度、まったく別次元な下世話な曲をやってみようと思ったんです。
自分の固定概念をぶっこわして、完全に自分に対してふざけてみる、という。

テーマは「夏のビーチでの一夜限りの恋」です。
もともとふざけてかけていたサングラスが、周りにも似合うと言われ、意外とフィットしてきていたりして。
アルバム収録メンバーに堂々入ってしまったのです。

最後のスペイン語のサッカー中継のサンプリングネタはこれ脱帽。流石の芸です。
映画Trainspottingで、セックスシーンがサッカーの試合とかぶるシーンがありますが、あれとも重なりますね。一夜限りの恋ですから、ゴールまで行こう。と思いまして。。
そして最後はモータウンサウンドになって終わるっていう、なんだか面白いですね。
この原稿を書きながらカフェで一人ニヤニヤしちゃってます。

パーカッションのカンカンコンコン鳴ってるのは違う分量の水を入れた同じコップを箸で叩いたものにディストーションをかけています。よく聴くとわかります。
「ピカピカペリカン」というのは、Moonridersの名曲「ココナッツ・マスカット・バナナメロン」風の謎のエロチシズムを表現してみたつもりです。
そして女性コーラスのクレジットは音を聴いてから見てみてください。びっくりされる方もいるのではないかと。

【クレジット】
作詞作曲:あだち麗三郎

vo,sax,percussion,toypiano:あだち麗三郎
sax,cho:???
piano:荒内佑
bass:厚海義朗
drums,vibraphone:田中佑司
trumpet:三浦千明
horn arr:西井夕紀子

4.おはようおやすみ

この曲は、2010年にリリースした、CDR作品「FlowSongs」に収録していた曲です。
当初はアルバムにこの曲を入れる予定はなかったのですが、
厚海義朗さんに、この曲がすごく好きだ、と言われ、
(そう言われれば、アルバムに収録できるレベルのいい曲かもしれない)と思い直し、
収録にいたりました。実際この曲がアルバムのなんだか真のところを握っている気もします。

内田樹さんのブログで、挨拶は贈与であって、贈与することによって、社会は成り立っている、という記述があり。
そこからもらった、そうして世界が回っているのだなぁ、イメージから歌詞ができています。
挨拶って不思議ですよね。特に「意味」もないのに、交わすだけで場がふっとやわらかくなったりする。
それはきっとプレゼントなんでしょう。

「地球の回る音を聴く」というフレーズは野口晴哉さんの本からの引用だったり。

「おはよう、こんにちは、おやすみ。こうして僕ら毎日の祝福を 君にあげる。」

そんな思想がイメージの元なんですが、「汚れた顔でこんにちは」とか、「2階の窓から」という言葉はRCサクセションだったり、
波の「一番静か」というのは北野監督の映画のタイトルだし、思い返せば色んな引用があります。

この曲だけ、アコースティックギターの弾き語りスタイルになっています。
Bounceのインタビューでは、「細かい変化が一番わかりやすいように弾き語りにした。」となっていますが、アコースティックなバンドサウンドにする案も一応ありました。
1番のおはよう、2番のこんにちは、3番はこんばんは、4番でおはよう、のひとつひとつで場面転換するように気付かれないように転調する、という仕掛けがあります。(バンドメンバーも気付かなかったくらいなので、普通気付かないと思いますが。)
音に関しては、Kelly Joe Phelpsさんの、カントリー風のギターインストアルバムがあって、その影響を受けています。

【クレジット】
作詞作曲:あだち麗三郎

ag,vo:あだち麗三郎

5.富士山

ホライズン山下宅配便というバンドのヴォーカル、黒岡さんと共作した曲です。
当時3歳の子が、電車に乗っていてつぶやいた言葉を彼がメモしていたものに、ぼくが詩をつけました。
なので、歌詞は、一見意味がわからないんですが、
あるとき、山の見わたせる温泉に行ったときに、
偶然、知らない3歳くらいの男の子が「パパ、あれ富士山!」
「あれは富士山じゃないよ」
「富士山と富士山まちがえちゃった!」
と言ったのでした。その時、ああ、そういう意味か!と気付きました。
彼の中では間違えてしまった山は、すでに「富士山」という名前なんだと思います。

曲に関しては、富士山のように壮大な音楽的ギャグをやりたいというのが最初のアイデアでした。
富士山という曲なのに、波の音、沖縄民謡みたいに始まって、ニューオリンズ風なバックで沖縄のお囃子が、、っていう。
「全然富士山じゃないやんけ!」とツッコミを入れてほしいくらいのボケをかまそうと。
「片想い」のメンバーのほとんどがこのギャグに参加してくれています。

アレンジは、沖縄民謡の唄い手、大工哲弘さんの「蓬莱行」というアルバムのサウンドが参考になっています。
歌詞カードに特別な工夫をしてみました。お楽しみに。

【クレジット】
作詞:黒岡はじめ 作曲:あだち麗三郎


ag,vo,sanshin,marimba,bassclarinet,pianica,sax,drums,percussion,whistle:あだち麗三郎
vo:片岡信
chorus:キスミワコ、厚海義朗、田中佑司、高城晶平、伴瀬朝彦、issy
ohayashi:issy、オラリー
tuba:大馬光貴
trumpet:三浦千明
sax:遠藤里美
horn arr:西井夕紀子
percussion:田中佑司、光永渉

6.まっさかさまです

これは、流れ星のことをうたった曲です。
流れ星をみると、ぼくは何もできなくなってしまう。無力になるというか。
つかまえようとも思わないし、文字通り、「あっ」と言っている間に消えてしまう。

地球人のだれもが、そんな風に流れ星をみているのかな。
戦争中の国でも、アフリカの草原でも、中国の山の中でも、都会の真ん中でも。

流れ星っていうと、綺麗なイメージがあるけど、
実際は大きな岩が大気圏に突入して、ゴゴゴと燃えて焼失しているんです。
すごいエネルギーだなと思う。

流れ星を思い出そうとすると、自分の内側を眺めるような気分になったりします。
以前に沖縄で夜空に素早く動く赤い光を観たときもそうでした。
その光が自分の内側に刻印されたような、そんなイメージです。

その雰囲気を音楽で表現するために、
イントロでは、ザ・なつやすみバンドの中川理沙さんとあくびをしています。
あくびをすると、つられてあくびをしますよね。
その時に聴き手の内臓がゆるむのが、このイントロでやりたかったことです。
現代音楽家のメレディスモンクさんもそんなアプローチをしていたと思います。

中間部では大気圏に突入する隕石を音楽にしています。
ホルストの組曲『惑星』の全曲の要素を3分間に凝縮してみたつもりですw。

この部分でピアノが、6/8の拍子の中に、5/8のフレーズを演奏しています。これがこの曲の演奏していて楽しいところです。
これは菊地成孔さんの曲によくある手法です。よく聴いてみてください。

歌詞の「心臓に火をつけて」というのはドアーズの引用で、とても気に入っている箇所です。田我流さんも引用してますね。

曲のタイトルは、元々「まっさかさま」にしようとしていたのですが、
たしかMC.sirafu氏に「曲のタイトル何?」と聞かれたとき「『まっさかさま』です。」
と答えたときのsirafu氏の勘違いから『まっさかさまです』となりました。

【クレジット】

作詞作曲:あだち麗三郎

ag,eg,vo,percussion,noise:あだち麗三郎
vo:なかがわりさ
piano:荒内佑
cello:関口将史
violin:田島華乃
bass:厚海義朗
drums:光永渉
chorus:オラリー
frugelhorn:三浦千明
synthe,vibraphone:田中佑司

7.6月の夜の都会の空

2009年6月に渋谷クラシックスで行った自主企画『6月の夜の都会の空』の日に初演。
荒内くんに、ぼくが余っていた鍵盤をあげたお礼につくってもらいました。
初演の編成は、あだち麗三郎宇宙トリオ(+MC.sirafu +関口将史)+ゲストに荒内佑でした。
稲垣足穂氏の「弥勒」という小説にでてくるフレーズがこの曲のタイトルになっています。

自分が8,9年前の、大学生だった頃を回想している曲です。、
よく図書館に行ってはCDを借りて聴くという生活をしていました。音楽をやって生活したいけれども、全く売れていない。
けれども、ベランダで煙草をふかしながら聴くビートルズのSexySadieは、
このままベランダから飛び降りて「音楽の中で死んでしまいたい」、と思うくらいの強烈に好きで。
そんな自殺願望があったりする暗い青年にサラリーマンなんてできやしないし、人生どうしよう、、漠然とした不安があったり。
その不安を忘れるために、また爆音でビートルズのホワイトアルバムを聴いて。。。

その頃に出会った、ある女性によってぼくの人生は劇的に変わるんですが、その人に出会ったその瞬間、
ぼくの運命が変わったその瞬間に、時間を超越して、そこに行って、
「俺、なんとか無事に楽しく人生送ってるから心配するなよ」と伝えているような。
それが実は、夜の都会に浮かぶ月に潜んでいる、、というような。

「ブラックホールに 吹きかけた息で 五線譜の隙間 現れたぼくら まるでうそみたいだね」

途中で雰囲気ががらっと変わるのは、女性と月の下でうたったり踊ったりするシーンだったり、宇宙から地球をみたシーンが現れたり、都会の中で視点がだんだん空に浮かんでゆくような、映画のシーンが変わるような感じを音楽にしています。
途中に挿入されているのは、南太平洋諸島の合唱なんですが、ああいうのが挿入されると宇宙から地球を観てるような気分になるのは不思議ですよね。
MikeOldfieldさんの作品にも、地球を外から観た視点のアルバムがありますが、あれにもこんな合唱が入っていたと思います。

【クレジット】


作曲:荒内佑 作詞:あだち麗三郎

ag,eg,vo:あだち麗三郎
gg:末森樹
vibraphone:田中佑司
chorus:オラリー、高城晶平、なかがわりさ
piano:荒内佑
steelpan,tp:MC.sirafu
cello:関口将史
violin:田島華乃
bass:厚海義朗
drums:光永渉
trumpet:三浦千明
sax:遠藤里美、ハラナツコ、
clarinet:宮本陽子
tuba:BEGIN
accordion:中村大史(annie)
viola,voice:佐藤公哉
horn arr,pianica:西井夕紀子
eg:三輪二郎

8.ベルリンブルー(reprise)


ヤン富田さんの音楽の中に、飛行機の管制塔と機内のやりとりの音声が現れる。
彼の横浜の古い洋風の建物の中でのライヴ。『Some that place in time』を聴いた。

「イタスカへ。私達はあなたたちの上にいるに違いないが、あなたたちが見えません。燃料は不足しています。あなたたちからの無線通信も聞こえません。高度1000フィートを飛行中」。
その1時間後(現地時間08:43)、
「私達は今、157° - 337°線上にいます。6210キロサイクルでこのメッセージを繰り返します。聞き続けてください」
これがアメリカのヒーロー、女性飛行士のアメリア・エアハートの最後の言葉とされている。
赤道上世界一周飛行の途中でのことだ。

この後、彼女は南太平洋のあたりで消息を絶ったとされる。
無事赤い道の直下、回帰線のどこかの島に着陸して『6月の夜の都会の空』に出てくるような合唱を聴いたりしたのだろうか。
それとも『ContemporaryTokyoCruise』の歌詞のように遭難状態だったのか。

未だに捜索隊が探し続けいて、服が見つかったとか、
実は日本軍に捕えられプロパガンダ放送を行った「東京ローズ」の正体だった、とか、
実は帰国して穏やかに暮らしていたとか噂がある。
VanDykeParks氏の『Tokyo Rose』というアルバムにはどんな世界があるのだろう?
飛行士になって墜落するのが夢だった稲垣足穂氏の「美」の世界とは?


「窓から羽ばたいた」アメリアが消息を絶ったのが1937年7月2日のこと。
その7日後、Raphsody in Blueを作曲したジョージガーシュインは昏睡状態となり、
1937年7月11日に他界している。
そしてIrvingBerlin(ベルリン)という作曲家のこの曲の映画が大ヒットしたのが1936年のこと。

ぼくの中、いや、この曲に関わった皆の中で「偶然に」(それとも必然に?)これらのピースが全部繋がって、物語が増幅したのか。
75年後、2013年の11月6日『6月のパルティータ』が発売され、
これらの物語がどう増幅されてゆくのか。
そして、75年後にこの文章を読む機会があるとしたら、どう思うんだろう。
繰り返すストリングスの中で。


【クレジット】

作曲:荒内佑 訳詞:あだち麗三郎

piano,drums:田中佑司
A.bass:芦刈純
cello:関口将史
violin:田島華乃
samples:VIDEOTAPEMUSIC
edit:荒内佑

終わり



スペシャル鼎談 あだち麗三郎×荒内佑(cero)×九龍ジョー(ライター)



あだち麗三郎

〜あだちと荒内、都内の居酒屋にて。うたいはじめたきっかけ〜
あだ「チャンジャ少ないね」
荒内「うん。多分言いたいことがあるだろうから、それを言ってもらう形にしようか」
あだ「いや、、特に言いたいことってのは、ないよ。。」
荒内「じゃあ、まず、考えてきた質問があるんで聞かせてください。普通にインタビューなんだけど、、今回シンガソングライターとしてのあだれい(*)をはじめて知る人が多いと思うんだけど、うたい始めたのはいつから?」(*あだれい=あだち麗三郎)
あだ「2008年くらいなんだよね。2009年に出た前のアルバムは、うたい始めて1年半くらいで発売したからさ。もう前作から4年半経ってるんだよ。」
荒内「4年半だね。。それまではうたってたの?」
あだ「うたってないよ。メインでうたったりは全く。コーラスも今みたいにたくさんはしてなかった。片想い(*)に入ってから、コーラスがまあまあできるようになってきたかな。」(*あだちがドラムで所属するバンド。)
荒内「片想いのこないだのワンマン(*)も、cero(*)でもそうなんだけど、あだれいの声って、抜けて聴こえるから面白いよね。」(*2013/9/29 片想いワンマンライヴ@東京キネマ倶楽部)(*荒内が所属するバンド。あだちは2011〜2013夏頃までドラムでサポート、2013夏以降はサックスでサポートしている)
荒内「2008年に『うたうたい宣言』(*)をしたじゃない。なんでうたおうと思ったの?なんか影響とかあったの?」(*2008年にあだちが発表した「全部のバンドを辞めてうたうたいになります」という宣言。横尾忠則氏の画家宣言への人生をかけたオマージュ。)
あだ「言うならば、四国旅行かな。自転車で野宿して四国一周したんだけど。音楽をやめようと思って旅に出たのね。でもその途中で、うたができちゃって、東京に帰ってきて友人宅でのパーティーでその曲を、旅行のエピソードと共にうたったら、その場のみんなが感動しちゃって。。あだちくんはうたったほうがいいよ、って言われて。自主的にうたいたい、って思ってたわけじゃないんだけれど。なんとなく、新しくやってくならこれかな、というような感じがあった。」
荒内「うたいなよ、って言われて、でもほんとうにうたいたくなかったら、うたわないわけじゃない。だから、やっぱりうたいたかったんじゃないの?」
あだ「うーん。うたうのは本当に恥ずかしくって。カラオケも恥ずかしくて行けないくらいだし。でもそんな恥ずかしいことをやっちゃってる自分を楽しんでる、っていう感じが始まりかもね笑。」
荒内「けっこういい話だね。」
あだ「まあ、結構いいはなしだと自分でも思ってる笑。その旅行で最初にできた曲が『あの日あの夏』(*)だからね。」(*あだち麗三郎ファーストアルバム『風のうたが聴こえるかい?』収録)

荒内「さらに、その頃の話なんだけど、俺こん(*)ではフロントマンでやってたじゃない。あのバンドのなかでは、他の人たちに比べてあだれいは一人だけ違う、柔らかい感触の印象があって、だから、この人うたいたいんじゃないかな、って感じた。」(*あだちが所属していたバンド「俺はこんなもんじゃない」)
あだ「ああ、それもあるかもしれない。たしかに。在籍していた後半の頃は、もうちょっと声とかうたったりするアレンジにしたいなと思ってた。けど、バンドにマッチしないからできないな。。といって控えてる部分もあったね。確かに。」
荒内「あだれいは、ドラムに関しても、ボトムで支えようってより、うたうって感じだもんね。」
あだ「初めて東京でライヴハウスでやり始めたバンドが『ちゃちゃんこ』(*)なんだけど、ベースがいないバンドだったから、ドラムが自由だったんだよね。ドラムとしての機能はもちろん、ベースっぽいことや、ギターぽい感じをだすこともできるんだよね。それが最初だったから、僕はこういうドラムスタイルになっていったと思う。」(*あだちが18歳〜20歳頃までやっていたバンド。2013年夏、再結成。)
荒内「うん。」
あだ「だから、タラチネ(*)で最初のシングルをつくったときは大変だったね。4つ打ちだったから。やったことなくて笑。そのあとはceroでだね、カチッとしたリズムを刻むドラムやったのは。」(*あだちが2006-2009年頃所属していたバンド。ファーストシングルは「MellowGold」
荒内「そうだね、でもそれが片想いにもいい感じでフィードバックされてるよね、最近は。」
あだ「最近は、伴ちゃん(*)とタイトに刻むことの心地よさに目覚めてきてるね。まあ、ceroは大箱でやってたからさ、ダイナミクスをつけるってよりも、一定な感じが求められてたから、これはチャンスと思って、自の未経験なことにチャレンジさせてもらえたね。」(*片想いのベース、伴瀬朝彦
荒内「っても、他の人に比べると独特のノリがあるけどねw」
あだ「うん、最近ceroのドラムがタイトなリズムを刻めるみっちゃん(*)に変わって、結局どれだけ頑張っても自分の個性や独自のノリって出ちゃうんだな、って最近ceroのドラムを離れてみて、再認識したんだよね笑。それで改めて、片想いとか、野田ちゃん(*)のバックとかやったりして、ぼくはやっぱりアイアート・モレイラとか、パーカッショニストが叩くドラムのふわっと揺れる感じが好みなんだな、って改めて思った。」(*2013夏〜ceroのサポートドラム光永渉)(*シンガソングライター野田薫
荒内「重心が高い感じがするよね。やっぱりうたう人なんだよね。こないだの片想いワンマンでも、伴ちゃんとあだれいのコンビは、うたう人同士のリズム隊ですごくいいね、って話を高城くん(*)ともしてたんだよね。」(*高城晶平cero)

〜九龍ジョー氏、登場〜

九龍「久しぶりに、あだちくんのアルバムが出るということで、感慨深いね。そういえば、音楽ライターでもなかったぼくが初めて商業媒体にいわゆるディスクレビューを書いたのが、STUDIO VOICEのあだちくんの『風のうたが聴こえるかい?』や三輪二郎といまから山のぼり(*)の『おはよう おやすみ』のレビューだったんだよね。今回のアルバムはあらぴーも参加してるんだ?」(*三輪二郎が当時組んでいたバンド。あだちもドラマーとして参加)
荒内「大参加ですよ。3曲つくって、一曲mixもやって、全曲でピアノも弾いてるし。」
九龍「あらぴーはさceroっていうある種パーマネントな活動があるわけじゃない、だから、どんなサポートやっても、ceroっていう母体があると思うんだけど、あだちくんが面白いのは、片想いにいたり、ceroにいたり、前野健太にいたり、で、ソロでもうたってて、知らないお客さんからしたら、なんだこの人は? ってところだと思うんだよね。あらぴーはあだちくんのそういう活動をミュージシャンの視点からどう見てるの?」
荒内「まあ、昔から知ってるんだけど、俺こんとかやってたような、こんなアンダーグラウンドな人が、現在なんでオーバーグラウンドで色々活動してるんだろう、って思ってます笑。」
九龍「やっぱり大きかったのは『うたうたい宣言』だよね。あそこからあだちくんだけじゃなく、周りのミュージシャンの状況も変わっていったと思う。」
あだ「そうだね、あれ以降アングラの人たちとの関わりは結構うすくなって、全く違う人たちと出会うようになったね。」
九龍「ぼくがceroと始めて出会ったのも、あだちくんのバックバンドとしてだったから。しかも映画『ライブテープ』の撮影直後、っていうか正確にはラストシーンだから。元旦だってのに高城くんが偶然、井の頭公園でマックのハンバーガー食べててさ(笑)。映画の打ち上げであだちくんから紹介されて、『おっ、あだちくんは新しい人たちと何か面白いことを始めようとしてるんだね』って思った。」
荒内「もともと、あだれいはアングラの中でも、エヴァーグリーンな音を出す感じがあったよね。」
九龍「マジカルドーナツレコード(*)をはじめたのもあのタイミングでしょ?」(*あだちの自主レーベル)
あだ「そうですね、ちょうどプロデュースしたシンガソングライターTenkoのアルバムと、ぼくのアルバムの出るところがなくて、じゃあ、自分でやっちゃおう、って。」
荒内「でもさ、なんでバンドを全部辞めようと思ったの?」
あだ「それは、もび(*)の影響が強いかな。もびに始めて参加したときに、子供に対して、音を出すということになって、自分が子供だったとしたら、どんな人がどんな演奏をしていたら『響く』かな、と思って、それは、演奏する人がただ素直に出したい音を出して、楽しんでいるっていうのが一番だと思ったわけ。」(*西井夕紀子が主催する、子供のためのもちはこびパフォーマンスグループ。あだち以外にも、荒内、高城、MC.sirafu、表現(hyogen)のメンバーらも過去に参加している)
荒内「うん」
あだ「でも、その子供に向けた演奏中に、それまでやっていたアングラ界隈のお客さんが盛り上がるような、フリーキーなことを『やっておかなきゃな』っていう気持ちでやろうと思った時に、それは素直に出したい音ではないな、と思って、自分に対してショックを受けて。例えば、自分が二人いて、お客さんとして、自分の演奏を見た時に、100%満足するかな、と思った時、そうではないと思ったんです。 でも、その2週間後にあった、弾き語りのライヴでは、そのクオリティでできてる、って思った。で、その1週間後に俺こんのライヴがあって、お客さん満員で、超盛り上がって、メンバーも今日すごくよかったね!ってなったときに、ぼくはどうしても上辺だけで参加してる感がしちゃって、、まあ、そんな生半可な気持ちでやっていても他のメンバーに失礼だし、やめよう、と思ったわけ。」
荒内「いい話だね」

〜九龍氏によるあだち麗三郎論〜

九龍「ぼくが覚えてるのは、あだちくんがうたいはじめたころに、代々木Zher the zooであったイベント「都会の迷子さん」のサブステージであだちくんが弾き語りをしてて、お客さんがみんな体育座りしながら、聴いてるのか聴いてないのかよくわからない感じだったんでだけど、すごいなと思ったのがあだちくんだけ違う次元にいるというか。目の前にいるお客さんを満足させるさせないっていうことじゃなくて、もっともっと遠くの、それこそライブハウスよりも外の世界に向けて歌っていたんだよね。そういう風にうたっている人は、インディーのシンガーではなかなかいなかった。それこそ中島みゆきの夜会とか笑、ああいうものに近いスケール感というか。これはすごいな、と思った。その感じは少なからず観客にも伝わっていたと思う。」
あだ「たしかに、2、30人の中で、1人、2人くらいは、そういう感想をくれる人がいるんですよ。だから、ああ、意図してることは伝わるんだな、じゃあ、うたってもいいかもな、って思うようになりましたね。」
九龍「危険なのはさ、小さいハコばかりで演奏すると、距離が密だから、一体感も得やすくて、『伝わってる』感じになっちゃうと思うんだけど、さっきの子供の話しと同じなんだけれど、一体感というのとはべつのところでお客さん一人一人が持ち帰れるようなものとしてうたがあるっていうのが、あだちくんのライブのすごいところだと思う。」
あだ「それは一時期ずうっと考えてましたね。」
九龍「あと、同じぐらいの時期に青山の月見ル君想フでやったライブも凄かった。けっこう広いライブハウスだけど、お客さんが僕とかこっちゃんとか6,7人ぐらいしかいなくて、いま思えばすごく贅沢なことなんだけど、あのときあだちくんがマイクを使わずに、ステージの段差に腰掛けて弾き語りをしたんだよね。あれも、ライブハウスという空間が変容して面白かったな。」
あだ「そうですね、その頃はライヴハウスという空間に対する違和感もすごくありました。お客さんたった6,7人の前で演奏するのに、何でマイクを通してうたう必要があるんだ?生の方が絶対音いいのに。。っていうのとかね。」
九龍「PAを全く使わないって、完全にライヴハウスを本来の機能とは別の使い方をしているわけじゃない。そのへんの発想が面白いと思って、当時まだ無名で、ぼくが本を編集していた坂口恭平(*)のことをあだちくんに紹介したりしたんだよね。」(*「0円ハウス」で有名な建築家、作家、歌い手)
あだ「これまたまた不思議な縁ですよね。」
九龍「まさかその後、坂口のバンドであだちくんがドラムを叩くようなことになるとは思わなかったからね笑。で、今になって思うのは、演劇にとっての劇場でもそうなんだけど、いろいろ考えた末に、逆にライヴハウスや劇場を本来のあり方で使うっていうふうに戻ってくる。でも、一度はずらしてもみていろんな可能性を試したっていうプロセスを経ていることは、すごく大きなことだと思う。」
あだ「そうなんですよ。最近ようやく、ライヴハウスで、PAを使って大きい音を出すことに納得がいくようになりました。」
九龍「そこにいるお客さんと一体感をつくるだけじゃない、そうじゃないライブのやり方があるんじゃないか、っていうあだち麗三郎の問題意識はすごく重要だったと思う。しかも頭でっかちじゃなく、もっと体感できるものとしてあった。四谷地域センター音楽室でのイヴェントが象徴的だったよね。」
荒内「あれは大きかったね。」
九龍「うたうたい宣言からの、弾き語りからの、四谷の音楽室でのイヴェント。あの時期のあだち麗三郎のやっていたことの意義って、ちゃんと位置づけられていない気がするから、話せるときにきちんと話しておきたいんだよね。」
あだ「偉い(笑)」
九龍「でも、音楽誌とかでは説明しづらいんだよね。」
荒内「うん、わかりづらい。」

〜あだち麗三郎の身体観〜

九龍「あだちくんのことで言えば、ホントは野口晴哉みたいな東洋の身体観の話までしたいからね。」
あだ「ああ、僕の考え方のルーツですね。福岡さんの自然農の考え方とか。」
九龍「僕も見田宗介の授業で野口晴哉の活元運動をやったり、竹内敏晴の竹内レッスンを試したり、一通りやったからね。あだちくんは身体ワークショップとかもやってるでしょ? あれ、あらぴーはどう思ってる?」
荒内「いや、怪しいですよ。」
九龍「ああ、わかる笑。そういう世代だもんね。」
荒内「世代、だからなんですか?」
九龍「やっぱりオウム事件とかもあってさ、ある種、非西洋的な身体へのアプローチとかワークショップみたいなことに対する警戒心みたいなものは、あらぴーぐらいの世代にはあると思うんだ。それよりちょっと上の僕なんかの世代だとニューエイジとか、トランスパーソナルなものへのアプローチってけっこう身近にあって、それこそグルジェフとかシュタイナーとか花形だったりしたからね。ミュージシャンでも細野さんが中沢新一さんといろいろやったりさ。でも、オウム以降はそういうものに対しての世間的なアレルギーはどうしてもあるよね」
荒内「そう言われてみると、そうですね、オウムのトラウマみたいなのは、意識してなかったけど、、ありますね。」
九龍「アレルギーといっても、もちろん「まったく危険ではないのか?」と言われればそんなこともなくて、ちゃんとしているからこそ危険を孕むこともあるわけなんだけどね。身体でいえば、格闘家なんかは、究極のところまでいくと、そういう領域に入ってゆく人は多いよね。ヒクソン・グレイシーがヨガの呼吸法をマスターしていたり。」
あだ「ぼくは、身体には言葉では割り切れない、ロマンがあるというか。エキゾチズムをみつけていて、そういうのを曲にしたりしてるね。」
九龍「あだち麗三郎に関していえば、東洋的な文脈で説明するとちょっとマニアックになっちゃうから、『現代のビートニク』ぐらいの説明の仕方にしておくといいのかも(笑)。ギンズバーグやバロウズも東洋思想を学んでいたし、身体と精神をどう表現の上で融合させるかっていうところには多大な関心を持っていたから。かつ放浪詩人でもあるでしょ? そのイメージをあだちくんに重ねるとわかりやすい」
荒内「わかりやすい笑!」
九龍「風のうたが〜もそうだし、ベルリンブルーもそういう雰囲気あるよね。」
荒内「あだれい自身はオウムの事件があったときには、日本にいなかったんだよね?」
あだ「うん、子供の頃はアトランタに5年間住んでたので。朝、テレビでアメリカのニュース番組みてたら、日本の地下鉄が映ってるなぁ、日本懐かしいなぁ、って感じだった。」
九龍「アメリカ人ってむしろ身体にたいして意識的だからね。西洋的な二元論で肉体と精神が分裂しているからこそ、意識的にならざるをえないっていう」
あだ「うん、だから、ぼくが東洋的なものを面白いって思っているのって、アメリカ人的な視点が強いと思う。古武道が面白いなって思ったり、神社巡りしたりとか。」
九龍「アメリカ人の視点だったら、それはカジュアルなことだもんね。」
あだ「日本ってエキゾチックで面白いな〜、って外国人的な視点で楽しんでますね。」
荒内「それ、わかりやすいわ!」
九龍「これはあだち麗三郎を理解するうえで大きいね。その距離感は。」
荒内「おれも、中沢新一さんとか、そういうものへのあこがれはあるけれど、九龍さんに言われてみると、オウムのトラウマもみたいなものは無意識的にあって、中々そういうものに足を踏み入れられないけれど、あだれいみたいな距離感があったら、そういうのも魅力的なんだろうな。。そういう意味でも、CMでも使われてたけど、あだれいは自分のやりたくてもやれないことをやってくれる人なんだな。」
九龍「ミュージシャンをはじめ芸術家ってそういう領域とうまくつきあっていく必要があると思うの。音楽って言葉になりにくい感覚の領域だし。とくに身体の構造と楽器の構造は通じるものがあるわけだから。」
あだ「そう、だから、なんでみんなやらないんだろう、って僕は逆に不思議(笑」
九龍「細野さんとかはガンガンやるよね。」
荒内「細野さんは、なにかの海外ツアーから日本に帰ってきたら、日本の路地とかが魅力的にみえたって話を聞いたことがあって、そういう視点に近いのかもね。」
あだ「うん。いたら気付かないもんね。」

〜『音楽の距離』九龍氏による荒内論〜


九龍「あとこれはceroとかあだち麗三郎論になるんだけど、僕らの世代って、海外の音楽とか、そのルーツに対しても、全部フラットに接することができるでしょ。それに一週間東南アジアを旅していても、ネットはつながってて、日常と同じようにメールチェックとかできちゃうから、距離を通過した視点、例えば、海外からみた東京の面白さとか、インドから見たフランスとか、そういう感覚が薄れてはいるよね。ぎりぎりシブヤ系の時代まではあったと思うんだ。今になったら、そういう視点を持つのは難しい。その距離感のなさは現在の音楽の特徴だよね。」
あだ「ceroはそれの象徴みたいな感じだよね。」
荒内「うん、それはよく言われる。youtube世代とかって。」
九龍「ceroの音楽は旅行じゃなくて、『小旅行』っていう。」
荒内「そんな、上手くまとめないで下さいよ笑!」
九龍「でも、あだち麗三郎がこだわっている身体には、まだその距離が残ってると思うんだ。一番身近にあるのに、一番未知なものとしての身体。結構、その遠さに気付いている人は少ないよね。ネットの中よりも遠いものとして身体があるってことに。」
あだ「まあ、身体は、宇宙ですからね笑。たとえば、身体の細胞の原子と原子の間には、何もなくて真空だ、っていうことなんか、まさに『宇宙』だなって思っちゃうんだよね。」
九龍「そういう真空があるから動く。そして揺らぐんだよね。」
荒内「イームズ夫妻のPowers of Tenみたいだね。」
あだ「今回のドキュメンタリーCMでも、ぼくの音楽は『揺らぎ』だってことを百々さんと有江さんが言ってくれたんだけど、アインシュタインの相対性理論とかでさ、光の速度があって、それによって、時間、つまり一定のビートって決まるわけじゃん。でも、それは絶対的じゃなくて、相対的な宇宙空間にぼくらは住んでいて、、そういう視点からBPM(*)ってことを考えたりしてるんだよね。音楽ってそういう次元をもっと超えてゆけるって思ってるところがあるんだよね。」(*音楽のテンポのこと)
九龍「音楽ってさ、例えばジャズだったら、アフリカから運ばれてきたものがニューオリーンズで混淆するみたいな、距離があって、ぶつかったところに何か面白いものが発生するわけだけど、その距離がなくなった現在に、発生してくるものってなんだろうな? っていうことを期待とともにいつも考えてるの。だからあだちくんがライブの中で、目の前のお客さんよりさらに遠くの何かまで自分の音楽を飛ばそうとしていることにすごく刺激されたんだよね。」
あだ「うん」
九龍「ただもしかしたら、その距離は明後日の方向を向いていて、誰もいない、っていう可能性もなくはない笑。」
あだ「そうなんですよ。その可能性あるんですよ。」
荒内「でも、少なからず響く人はいるでしょう。」
あだ「そうだね。響く人がいるおかげで続けてられるからね。いなかったら、やめてるかも笑。でも、あらぴーが、僕のそういうところを分かりやすいポップな方向に持って行ってくれてるんだよね。」

九龍「うん、あらぴーの何がいいって、すごくポップ志向だということだよね。ceroに関してもあらぴーがいることがすごく重要で、もしあらぴーがいなかったら、もっとマニアックな音楽性に突き進んでいる気がする笑。」 あら「そうなんですよ。それ、分かってくれる人少ないんですよ笑。で、こういう感じで今回のあだれいのアルバムは、翻訳者の気持ちでやったんですよ。100人のうち、80人くらいが分からなそうなことを、80人くらいが分かるように翻訳した、っていうか。」
九龍「そこに、あらぴーが稼いでくれてる“距離”があるよね。ceroに関しても、高城くんやはしもっちゃんは割と近いところで雑踏的なロックなんだけど、あらぴーはまたそれとは別のすごくポップな場所にいて距離を稼いでいる。そのバランスがceroを面白くしているよね。」
荒内「もっと言ってください笑」
九龍「逆にいうと、なんで荒内佑っていう人がこんなところで音楽やってるのか、不思議なんだよね、もっとミュージック・フェアみたいな番組に出ていてもおかしくない笑。」
荒内「でも、さっきと同じ感じだけど、あだれいの進んでる方向に憧れがあって、ceroでは出してないような、あだれいの宇宙的なもの、とかってのすごく好きなんですよ。なのになんでマジョリティはそれを理解してないんだ、っていうことで、万人がわかるような感覚を与えようって思ったんですよ。それが翻訳なんですけど。」
九龍「それ、すごく重要だよ。翻訳こそ距離の問題だからね。」
荒内「言い方を変えると、あだちくんって、空間的な人だから、クワルテッット(*)とかで一緒にやるときには、そこに時間軸を与える、っていうか。」(*あだちのリーダーバンド、あだち麗三郎クワルテッット 荒内はピアノ担当。)
九龍「うん、ただこの空間を味わえって言っても、普通はどうやって味わったらいいのかわからないわけだから、そのいいところにナイフを入れて切断面みせてあげるしかないんだよね。そういう人は必要だよ。ここが良いところ! って切り取ってあげるっていう。」
あだ「そうだね。」
九龍「荒内くんははっきり言ってceroでも同じことやってるよ。内側に入ってないというか、外側にいて編集しているスタンスだよね」
荒内「そういう役割が好きなんでしょうね。」
九龍「ceroでは、あだちくんは今はサックスなんだよね?」
荒内「うん、あだれいがうたいはじめたころと同じで、ボトムで支えるってよりうわもので自由にやってもらう方が活きると思って、今はもっとかっちりしたドラムの人に入ってもらってる。」
あだ「やっぱボトムで支えるってタイプの人間じゃないって思ったよ笑」
九龍「あだちくんは華があるからね。」

荒内「三輪二郎が前ツイッターで書いていて、面白いなと思ったのがあって、『あだちには孤独感がなくなった』って言っていて、近くでみててもそれはすごく納得がいくなと思ってて、昔はシンガソングライターとして、一人でやってるんだな、って感じだったけど、今は仲間がついているよね。」
あだ「昔は、仲間が全くいなかったからね。うたうたい宣言するまでは。」
荒内「宣言のあとでも、ceroがバックやったりしてたときでも、まだそうだったよ。」
九龍「なんか浮いてたよね。音楽のアンサンブル自体は合ってるんだけど、存在が浮いてる感じだったよね。」
荒内「でも、だんだん仲間ができてったのかな。」
九龍「あのころはあのころで面白かったし、贅沢な感じはあったけどね。なんでこんな一人立ちしている人がバックをやってるんだろうっていう笑。今はまた違う領域でいろんなバンドに溶け込んでいるよね。」
あだ「そういう楽しさもわかるようになってきたのかもね。片想いに入ったりしても。仲間ができたな、って」
荒内「そういう感覚が前のアルバムと今回のアルバムの一番の違いかもね。前のは同じ弾き語りの曲でも、結構暗い人だな、っていう印象があるよね。」
あだ「そうなんだよね。曲自体は暗くないんだけど、、暗い印象があるんだよね。。」
荒内「発声も違うしね。他の人にはわかってもらえないだろうな、っていう孤独感が強くある、というか。そこが今回とはすごく違う。」
九龍「あだちくんの前作アルバム『風のうたがきこえるかい?』三軒茶屋grapefruit moonでのレコ発(*)、すごく良かったよね。」 (*司会三輪二郎、cero,4 bonjour’s parties,あだち麗三郎with cero+MC.sirafuで行われたイヴェント)
荒内「あれは良かった。。」
あだ「あれはほんと良かったね。いまだにシラちゃん(*)とかも、あの頃の感じ、楽しかったなぁ、って言うもん。」(*シラちゃん=MC.sirafu)
九龍「三輪二郎が司会やってね! 僕もあの頃が、一番スリリングだったと思う。黎明期というか、ものすごいものが発生してるのをリアルタイムで、しかもこんな少人数で目撃しているっていう。ものすごく贅沢なものを味わわせてもらいましたよ。」
荒内「うん」
九龍「ただ、黎明期が良いのは当然で、でもそこには戻れないからね笑。劇団でも、映画監督でも、そういう時期はあるの。ありとあらゆる方向に可能性が残されているような。でも何かを作り続けていくってことは、選択の中でその可能性を減らしてゆくってことだからそれはそれで仕方ない。どんどん突き進むしかないんよね。それが進化だし、成長してるってことだから。」
荒内「たしかに」
九龍「とはいえ、あのころはホントいろんな可能性があって、見ていても楽しすぎたけどね笑。」

〜『6月のパルティータ』について〜


九龍「今回のアルバムタイトルはどういう意味なの?」
あだ「パルティータっていうのは阿部薫さんの『彗星パルティータ』からなんです。」
九龍「阿部薫なんだ! へぇ〜、意外。」
あだ「昔、好きでしたからね。6月ってのは、曲タイトルの『6月の夜の都会の空』から来てます」

〜荒内がトイレに立った隙に、実はまだアルバムを渡していなかった九龍氏にiphoneから『ベルリンブルーreprise』を聴いてもらう〜

九龍「これはすごいね。。。単なる懐古主義じゃなくて、Anthony&jhonstonとかクラウス・ノミみたいな、やってることはクラシカルなんだけどプロダクションは現在っていう、そういう雰囲気を感じる。」
あだ「元々、ぼくもあらぴーもその頃の芸術は好きで。。昔、何かの帰り道にあらぴーと二人で車に乗っていて、ガーシュインを聴いてて、そこから、ベルリンブルーにRaphsody in Blueのメロディを入れようって話になったんです。 あと、ベルリンブルーを最初にライヴでやったとき、mcのネタのために自分の誕生日をウィキペディアみたら、 女性飛行士のアメリア・エヤハートがハワイからカリフォルニアへの単独飛行に成功した日だったんですよ。 その時はアメリアのこと知らなくて、調べていったら、なんて面白い人物なんだろう、と思って。 もともとは、蝶々が窓から飛んでいった風景をうたったベルリンブルーなんだけど、歌詞がこの人の人生とぴったりだ、と思って彼女に捧げる曲にしたんです。 なので最後にアメリア♪♪ってのがでてくる。時代的にガーシュインとも同じだし、それをビデオくん(*)が汲んでくれて、repriseのサンプルネタをくれたんですよ。」(*VIDEOTAPEMUSIC 「ベルリンブルーreprise」のサンプル素材、本アルバムCM,ベルリンブルーMVの制作など)
九龍「ガーシュインがミュージカル音楽を作っていた頃って、日本だとちょうど関東大震災だよね。そこから世の中の状況がいろいろ傾いていくっていう。いまもあの時代に重なることが多いからこそ、良くも悪くもある意味ラグジュアリーな、ファンタジックな音楽が妙にマッチするね。」
荒内「なるほど。『華麗なるギャッツビ―』みました?」
九龍「こないだの映画は見てないけど、小説はもちろん読んでる。あれがまさに1920年代の話でしょ。理想を語る時代を押し流すように繁栄が押しよせてくるんだけど、精神は破局を迎えるっていう。けっきょくそれがまた新たな戦争の火種を孕んでいたりするんだよね」
荒内「ギャッツビ―と主人公が、すごくいい車に乗って、全速力で、マンハッタンへ向かって橋を渡って行く時に、「ここから眺めるニューヨークは何度見ても初めて見る街という印象を与える」ってモノローグが入って、BGMでRaphsody in Blueのメロウなパートが流れてて。。Raphsody in Blueってあの時代の光と影を反映した曲だと思うんだけど、音楽と相まってなんとなく繁栄が終わってゆくことへの予感があるんだな、っていうのに感動したんだよね。」
九龍「まあ、みんな言ってることだけど、MyLostCityもそうだよね。ただ、モチーフとして読み取った人はいても、それってceroが想定した範囲内で解釈でしかないから、ホントは3人が考えもしなかった受け取り方を提示したいところだよね」
荒内「うん」
九龍「MylostCityは『距離がない』『どこへも行けない』っていうことが重要で、一方で身体や極小の場所に宇宙的な広がり、もしくはそれを“風”って呼んでもいいかもしれないけど、そうした距離を持ち込むあだち麗三郎の『6月のパルティータ』が出てきたっていうのは、ある意味補完的なことなのかもしれない。……といってもまだ聴けてないからね笑。ともかく聴かせてもらうよ!」